神性の光を目にするとハッピーな思いになります。神性の光を感じ続けていると力強くなります。そしてさらには、神性の光の中に育っていくようになると、いのちは豊かな果を実らせるに至ります。
人は物質のからだにすっかり意識が合わさっているので、自分の目を疑ったり鼻を疑ったりはしません。自分が物質のからだのかなめであり、からだはいのちを支えてくれる大切な部分であるのを良く知っています。だから疑いの目を向けたりはしません。
これと同じで、神性の光こそがあなたの実在です。自分自身の真の存在を否定したり疑ったりできましょうか。そうは言っても、実際の体験が過ぎ去って光を自分自身のものと感じなくなると、その時にはマインドが疑念を起こし、疑りごころが侵入して来ることになります。
光の世界にあって
ピークの高みから高みへと飛翔する、
実際それは 何ひとつ申し分のない理想的な進歩です。
闇の世界にあって
欲求不満の窓辺から破滅の戸口へとよろめき歩く、
実際それは 何とかしのぎ通すひどい悪夢の体験です。