朝瞑想をしてみると、一番実りが多いことに気がつきます。陽が昇る前に、地球の意識が動き出す前に、世の中が毎日の騒動に入る前に。自然は穏やかで静寂な ので、これは瞑想をしやすくします。自然が未だ眠っている時には、私達の中の動物的なものや啓発されていない意識とういうものも、同じくまだ眠っているか らです。この時には未だ私達は、エネルギッシュな充実した夢の中にあります。ここから、現実が起こって来るのです。ですから、大志に目覚めた意識と言うも のは早朝の瞑想から一番起こりやすいのです。
一日が始まると、大地の母は神聖な意味でエネルギッシュになり、そして神聖ではない意味では落ち着きがなくなります。特に西洋で言える事です。なぜなら ば、西洋はそのダイナミックさという特質がために、宇宙の中の、または自然の中のいらだちといったものがあるのです。こうした、落ち着きのなさは私達の中 に入ってこなければいいのですが、たいていは入ってきてしまいます。私達が何処にいようとも、人が動き回ればそのバイブレーションが入って来てしまいま す。空気、光り、あなたの周りの全てのものに人の行動のバイブレーションや人の不安のバイブレーションが浸透しているのです。世の中が、あなたの前で、ラ イオンが吠えているかのように立ちふさがっているのです。ライオンが吠えている前で、高い瞑想などに入れるでしょうか? 世の中が起きる前に瞑想をすれ ば、宇宙が未だ、周りの人々がまだ休んでいる間に、瞑想をすれば、深い瞑想に入る事が出きるのです。
日中に瞑想をする事は大変難しい事です。夜の瞑想も、8時間も10時間も大騒ぎした後ですから、難しいです。日中に未だ目覚めていない多くの人々に会って、無意識の内にその人々の神聖でない考えや不純な考えがあ なたの中に入って来ます。あなたが内的にとても強い人物でない限り、世の中のまだ目覚めていない力に同化されてしまいます。ですから、希望や新鮮さが幾ら かあっても夜の瞑想は大変難しいのです。瞑想の前にシャワーを浴びたり、精神的な人と時を過ごす事は助けになります。
朝にはこれらの神聖でない力や経験を、少なくともしばらくの間は、もうあなたは覚えていないのです。眠っている間に、他人から受けた不純なことなどはすべ て洗い流されてしまいます。眠っている間には、あなたの魂が、神聖な盗人のように、静かにあなたの事を観察しているのです。ふつうの盗人は何かを盗むので すが、この神聖な盗人はただただ与えてくれるのです。あなたがある場面で平和が必要であれば、あなたの魂はその所に平和を準備しておいてくれます。魂はお 母さんのように、早朝に、わからないように子供の部屋に入って来て、その日に必要なものを準備しておいてくれるのです。夜、あなたが眠っている間に、魂は あなたに必要なものを準備するのです。しかし、昼間は、あなたは外の世界のいろいろな行動に吸い込まれてしまっているので、魂があなたに与えるのはとても 困難であって、またあなたも受け取るのが難しいのです。このようなことで、朝の瞑想が一番なのです。
美しさが朝のバラのようにやって来ました。
勤めが朝日のようにやって来ました。
神聖さが朝の大志のようにやって来ました。